Life
2009年08月28日
LIFE 井上陽水 第四夜 「少年時代 ディラン 創作」
「歌詞なんて、辞書にない言葉を使っても別にかまないわけですから。」
「ゆるい感じを大切にしたい。こだわりはあるけど、こだわらなくてもいい。」
みたいなことを語る陽水さん。
ユニコーンを解散して音楽やらずに一年釣りをしていた奥田民生に興味を持ち、音楽に誘う。
あの『アジアの純真』も、陽水案では『熊猫深山』という曲名だったとか。
何も知らない新人におかしな曲書いて弄んで、あれ?ヒットしちゃった!みたいな。
それがPUFFYだったというのか?そこまで冗談していいのか?
そんなところに疑問を持たないところが陽水、民生の名コンビを生んだのか?
それもこれもどこまで本当なのか、はかり知れない。
そして、大きな影響を受けたというボブ・ディランのお話し。
ボブ・ディランは「歌詞」の人だということ。当たり前なのだろうけど。
しかしその歌詞の意味を知ろう、ディラン自身を知ろうとする努力は、
実は同一化できないところに魅力があるということから離れていく、この矛盾。
自分とディランが出会うことのなかった理由は、そんなところにあったのかもしれないと思ってしまった。
ただ音や韻や響きが気持ちよいかどうか、それを楽しめばいい。
要はそういう柔軟さが、自分にはなかったということだろう。
ちょっと納得してスッキリすることが出来た。
今からでも楽しめばいいじゃん。
4日間に渡って、井上陽水を解ろうとしたこの企画。
四時間にも及ぶ番組の中でさんざん語ったその最後に、
「こうやってもっともらしいことを言ってますが、大きく言えば適当なんですよねぇ」
これが陽水さんなんだろうと完結する。
2009年08月27日
LIFE 井上陽水 第三夜 「不思議な素顔」
井上陽水さんがこんなに自分の事を話すのを聞いた記憶はあまりない。
面白くて可笑しくて含蓄や揶揄があって、やっぱり引き込まれる魅力があり。
今夜はリリーフランキーさんとの縁側対談を軸に番組が進む。
語りは第一夜から同じく宮沢りえさん。
博多の飲み屋で水谷豊と飲んでいて、ゲイに間違えられた話し。
そう見えるほどの相手の懐に入り込むんだろうけど、やっぱり不思議な人だ。
TVを見るのが大好きで、受験日の前の日に葛藤しながらもテレビの誘惑に負けた話し。
とんねるずに明るい歌を唄えと言われて「都会では、自殺する〜」と歌い出し、頭をはたかれる。
しみじみするより笑わせるほうがいい。そんな言葉のウラの裏まで考えてしまう。
あたりまえより変わったことのほうがいいじゃん。という言う。
たくさん浪人して大学に行かない。アマチュア経験がないままプロになる。
どこまでが本気で、どこまで考えているのか定かではない。
リリーさんとは北九州、筑豊の先輩後輩である井上陽水さん。
小倉でのエピソードなどもあり、一層身近な存在として感じてきて。
九州の男の子はシャイで寡黙でつやつけ(かっこつけ)で・・・などと言っていたが、
二人ともよくしゃべるじゃん、などと思いながらも、自らが九州の男代表のような二人の話ぶりに、自分もちょっと良い気持ちになる。
こんな良き先輩後輩のお付き合いをされているリリーさんがうらやましく。
ちょうど昨日ブログを書いていたら、真夜中に電話がかかってきて、なんだ?こんな真夜中に誰だ?と思って携帯を見たら同じ学校出の先輩からで。なんとなくオマエが気になって、と、よっぱらって電話してきてくれて。嬉しいやら迷惑やら。いや、やっぱり嬉しいか。
いつぞやは、やはり夜中に電話があって、「今おまえんちの前におるから、出てくれ」といわれて出てみると、タクシーの中から、「飲んでて金が足りんくなって。ちょっと貸してくれ。」と。そのままウチに上がり込んでまた飲んで。
自分にもこの先輩がいたなあと思い出したところ。
「”LIFE”ってなんの意味だっけ?あ、そう人生だね」というとぼけて見せる陽水さん。
オレのブログタイトル[音楽生活] を [音楽人生] にこそっと変更しようかな?などと頭をかすめていると、
「人生は重いよね。大変だよね。色々あるよね」。
と言いながらも、ケラケラ笑いながら、はぐらかす。すかす。受け流す。
甲斐よしひろさん曰く「(陽水)先輩が辞められないからオレもやめられない。」
そだ。先輩とはそんな存在かもしれない。
明日、最終夜のサブタイトルは、『少年時代 ディラン 創作』だという
あ〜またここでもボブ・ディランでやんの。
いやビバリーヒルズ青春白書を見てディラン・マッケイのファンになったとか?んなーこたぁない。
なんとか修正できないもんかな?ディランを通ってこなかったおれの過去を。
2009年08月25日
LIFE 井上陽水 40年を語る 第一夜
すっかりNHKウォッチャーになってしまった。
引き寄せられるようにまたテレビの前に座る。
そして、とっても濃厚な井上陽水を味わう。
「石炭」というのがまず最初のキーワード。
田川の炭坑の町で歯医者さんの息子として育った少年時代の話し。
同じく田川で育った山下洋輔と初対面でうち解け合い、ヘッドロックを掛け合ったという話し。
真っ暗な坑道の前に立ちつくし、理由もなく恐怖を覚えたという子供の頃の記憶。
二つ目が「ビートルズ」というキーワード。
ビートルズを好きになって、その音楽、スタイル、ポピュラリティーに影響されていって。
歯医者さんになるための受験に失敗、三浪した結果、アンドレカンドレとして東京に出て行く。
学生運動の盛り上がるその時代の世の中は、アンドレ〜なんて受け入れられる空気ではなかったようで。
みんな本気の中津川フォークジャンボリーには、呼んでもらえなかったアンドレ。
三つ目のキーワードが「両親のこと」。
両親への想い、悔恨、センチメンタルな感情が「井上陽水」を生み出したといっていいのかも。
『人生が2度あれば』の発表。そしてヒット。『もどり道』『断絶』『センチメンタル』
・・・といった、ひたすら内面に向かっていくような一連のシングルやアルバム。
歯医者になることを望んだ(であろう)両親のことを、人生をやり直すことができたら、と想いを込めたのか。
4thシングル『心もよう』の発表は、もともと忌野清志郎との共作『帰れない二人』のB面になるはずが、プロデューサーに覆されたり。反面、売れることへの素直な姿勢もうかがえるこのころ。
1973年『氷の世界』が日本で初めてのミリオンセラーとなり、社会現象を起こしたということ。
これらのたくさんのエピソードは、自分にとっては物語の中の井上陽水で、オンタイムでの記憶はなく。
覚えているのは『夢の中へ』『傘がない』などをフォークソング歌本で知った子供のころ。
こんなによく聴いてきたのに、こんなすごい人なのに、なんと謎だらけではないか。
4日連続放送のLIFE 井上陽水。まだ第1夜がはじまっただけだ。
深い得体の知れない魅力的な人間だな。改めて思う。井上陽水どの。