エンヤ
2009年03月06日
今週もエンヤの歌声に誘われて・・・ありふれた奇跡
WBCはテレビ観戦することができなかったが、
「ありふれた奇跡」は観ることが出きた木曜の今夜。
あいかわらず、大きなメリハリもなく大展開もない進行なのだけど、
エンヤの歌とともにその世界にひきずり込まれる。
見終わった後に、テレビドラマとしてこんな進行で大丈夫?
というお節介心も浮かぶが、恐らくそれが魅力なのだろうから、
意味のない心配なのだろう。
普段なら無意識のうちに
「自分がこの作品の何に対して面白いと感じているか?」
などと同時進行で問いかけたりもしているはずだが、
「ありふれた奇跡」についてはそれもあまり無いような気がする。
終わった後に分析しようとしても、
「余りにエンヤの歌声がはまっているせいなのか」
とか思うくらいで、結局よくわからない。
いやいや、正直に言えば、なんとなくわかっているのだけど、
あまり考えたくない状態なのかもしれない。
でも、こうしてblogに残すそうとしているのは、知られたくないけど知って欲しい、
そしてちょっとだけ誰かと気持ちを共有したいのだろう。
自分の心なのにはっきりしないことが多すぎる。
厄介なものでだと思う。
「ありふれた奇跡」は観ることが出きた木曜の今夜。
あいかわらず、大きなメリハリもなく大展開もない進行なのだけど、
エンヤの歌とともにその世界にひきずり込まれる。
見終わった後に、テレビドラマとしてこんな進行で大丈夫?
というお節介心も浮かぶが、恐らくそれが魅力なのだろうから、
意味のない心配なのだろう。
普段なら無意識のうちに
「自分がこの作品の何に対して面白いと感じているか?」
などと同時進行で問いかけたりもしているはずだが、
「ありふれた奇跡」についてはそれもあまり無いような気がする。
終わった後に分析しようとしても、
「余りにエンヤの歌声がはまっているせいなのか」
とか思うくらいで、結局よくわからない。
いやいや、正直に言えば、なんとなくわかっているのだけど、
あまり考えたくない状態なのかもしれない。
でも、こうしてblogに残すそうとしているのは、知られたくないけど知って欲しい、
そしてちょっとだけ誰かと気持ちを共有したいのだろう。
自分の心なのにはっきりしないことが多すぎる。
厄介なものでだと思う。
2009年02月26日
ありふれた奇跡を論評するひとへ、感想
ドラマをちゃんと観るのは、だいたい1シーズン・1本くらいだと思うので、当たりがあると嬉しいもの。
でも、テレビドラマ向きではないように思ってしまう。ありふれた奇跡。
録画してCMをカットして見ないと、流れがブチブチ切れる感じが残念なので。
ブルーレイやハイビジョンHDDレコーダーを持ち合わせない哀しさで、高画質の動画・高音質にこだわるか?CMレスで集中できる味わいか?と天秤にかけて、今回は画質を採用した結果なのだから、自己責任だと言われればそうかもしれない。再放送までにはレコーダーを調達することにしよう。
22時直前にTVをつけ、じ〜っと身体が固まってしまい、CMの間は思考停止状態を強制的に作って電源は入っているがスタンバイ状態、そしてまた意識を戻し…を繰り返して、最後にエンヤが流れはじめると音楽に身をまかせてエンドロールを視界ににとどめながら、CMでまたクールスタンバイ、最後に次回予告を確認して、即電源を落とす。そしてこのブログを書いて終了っと。
確かに目を背けたくなるような一方的な思い込みが、不自然・不愉快に感じそうな場面も多々あるものの、頭を捕まれて直視させられているような感覚が正直なところ。いずれにしても、ありふれた奇跡のその「奇跡」を確認しておきたくて、ついつい観てしまう自分。
どこかの芸能評論家?が、かなりこき下ろしている記事を見かけたが、その筆者が過去に悪く書いていた作品が自分の好きだった作品と合致しているのを確認し、なんだか気持ちよくなってしまった。たとえネタバレしてようとも視聴率がそんなに良くなくても、山田太一作品がどうとかも関係なく思えさせてくれる瞬間。
自分の指向性を確認することによって得られるただの自己満足だろうけど。
とりあえず、ありがとう、と勝手に言っておきたい。
でも、テレビドラマ向きではないように思ってしまう。ありふれた奇跡。
録画してCMをカットして見ないと、流れがブチブチ切れる感じが残念なので。
ブルーレイやハイビジョンHDDレコーダーを持ち合わせない哀しさで、高画質の動画・高音質にこだわるか?CMレスで集中できる味わいか?と天秤にかけて、今回は画質を採用した結果なのだから、自己責任だと言われればそうかもしれない。再放送までにはレコーダーを調達することにしよう。
22時直前にTVをつけ、じ〜っと身体が固まってしまい、CMの間は思考停止状態を強制的に作って電源は入っているがスタンバイ状態、そしてまた意識を戻し…を繰り返して、最後にエンヤが流れはじめると音楽に身をまかせてエンドロールを視界ににとどめながら、CMでまたクールスタンバイ、最後に次回予告を確認して、即電源を落とす。そしてこのブログを書いて終了っと。
確かに目を背けたくなるような一方的な思い込みが、不自然・不愉快に感じそうな場面も多々あるものの、頭を捕まれて直視させられているような感覚が正直なところ。いずれにしても、ありふれた奇跡のその「奇跡」を確認しておきたくて、ついつい観てしまう自分。
どこかの芸能評論家?が、かなりこき下ろしている記事を見かけたが、その筆者が過去に悪く書いていた作品が自分の好きだった作品と合致しているのを確認し、なんだか気持ちよくなってしまった。たとえネタバレしてようとも視聴率がそんなに良くなくても、山田太一作品がどうとかも関係なく思えさせてくれる瞬間。
自分の指向性を確認することによって得られるただの自己満足だろうけど。
とりあえず、ありがとう、と勝手に言っておきたい。
2009年02月20日
ありふれた奇跡 / Enya
『ありふれた奇跡』オリジナル・サウンドトラックアーティスト:TVサントラ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2009-03-11
揺れ動く心を見透かされているような気分になる「ありふれた奇跡」。
こんなおだやかな進行なのに、心はおだやかでないドラマ。
感じる人と感じない人の溝は埋まるのか?
それとも、そもそも埋める必要もないのか?
とりあえず、今日はエンヤを流しながら、眠りにはいっていこう。
『Dreams Are More Precious』
おやすみなさい。。。




